「楽しい」は原動力
先日、友人から連絡がありました。「息子がギターを始めたいみたいでさ、教えてくれない?」
確かに私の部屋にはギターがあります。埃まみれで、弦をいつ張り替えたか記憶もありません。
ですから、教えるなど無理、と断わったのですが、「少しだけでも」と懇願されると、さすがに断れません。私は出かけることになりました。
着くと、友人が息子と待っていました。初めてのギターに期待している雰囲気でした。
新しい弦を張ったギターは違った雰囲気でした。私がギターを持つのを見て、彼もギターを持ち、一本ずつ弦をはじきます。
音が鳴った瞬間、彼ははじけるような笑顔をしました。ただ音が鳴っただけですが、何とも言えない良い雰囲気を生み出すのです。一本、また一本と鳴らし、六本目を鳴らし終わったときには、喜びが彼の顔中に広がっていました。
次は軽く指板を押さえて鳴らします。また笑顔。その次は簡単なフレーズ。彼が小さな声で「面白い…」と呟きました。
私がギターから遠ざかったのは、好きな曲を弾けず、面白さを感じなくなったからでした。しかし、ギターを楽しそうに鳴らす彼を見て、少し弾けただけでも楽しかった頃を思い出しました。
今、私の部屋にはギターがあります。ときどき、私はギターを手に取ります。弾けなくなったフレーズもありますが、今でも弾けるフレーズもあります。少しでも弾けると楽しくなります。
今度はギターを続けていこうと思います。楽しさを感じる限り、きっと続けていけると思っています。